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親和会ブログ

厳しい試練に耐えること

2016/09/15

 

 

最近、「対人関係」について自分の考え方が変わってきていると感じた瞬間があります。

学生、社会人新米のころ、身近な人との関係に悩んだ時には仲のいい人の懐に逃げ場所がありました。

苦手な人との接点を避けるか、嫌われまいとして取り繕うことも。

社会人経験が長くなると、そうも行かなくなることを覚え、

「これは人との信頼関係をよりよく結びつけるための試練を与えられて、自分を強く持つことへの挑戦なのだ」

などと気負っていましたが、案外相手は自分に対し特別な感情を持っていなかったり、

興味や好奇心から生まれるアタッチメントの形状が自分と異なっているだけであったり、

全て自分軸が基準のため生じていた悩みだったことに気づかされました。

 

それは禅語の「無私」に出会ってから。

 

「無私」とは

私を無にして、一切合財を相手の立場に立って考え、

我欲、エゴなどの「自分のため」といった感情を持たないこと。

また、私的計測基準などを排除して、他の存在自体を認識できる状態のこと。

 

無私のこころで物事を見ると、そのもの自体をより確実に正確に認識できるようになるといわれています。

そのため日本の「禅」も、無私の境地の訓練方法の一つとして行われています。

 

私は、お寺巡りや仏教の学びを好んでするタイプではありませんが、

昔から欲の深い人を見ると、「空しいな」と思っていた節があり、

自分に何か欲しいものが見つかった時の感情が盲目に近いことに感じていました。

なぜかって。

「欲」は「満足」にはたどり着けない感情ですから。

決して「出世欲」の欲は、高い目標に向けた「志し」ではないように、

「快」を感じる本能的な心の働きだからです。

 

与えられた物や環境の中で、どう「無欲」でいられるか。

誰かへの 要求 嫉妬 嫌悪

思いの違う相手への、渦巻く愚問に縛られ、

厳しい人間関係の試練を耐え抜き、崇高になった気持ちになるのではなく、

 

ただ、ただ 「無私」であること。

我よりも他人を思えること。

 

そういうものに 私はなりたい (これは宮沢賢治だった・・・)

 

 

 

 

 

 

2015/09/07

 

『バスで泣きやまない乳児 運転手の言葉、ネットで拡散

 バスの車内で泣き始めた乳児をあやせず困った母親に、運転手が車内アナウンスで語りかけた言葉がネット上で話題になっている。

8月31日午後、15人ほどが乗った横浜市営の路線バスで母親の腕に抱かれた赤ちゃんがぐずり始めた。母親と友人の女性が2人であやしていたが、赤ちゃんは手足をばたつかせ泣き声は大きくなるばかり。友人は途中で下車し、母親は立ち上がりあの手この手であやすも泣きやむ気配はなかった。

10分ほど経った時、車内アナウンスが流れた。

「お母さん、大丈夫ですよ。赤ちゃんですから気になさらないでください。きっと眠いか、おなかすいているか、おむつが気持ち悪いか、暑いかといったところでしょうか」

明るい口調でミラー越しに語りかけたのは、鈴木健児さん(46)。乗車歴20年のベテラン運転手だ。

「迷惑をかけないよう何とかしたい、というお母さんの焦りをひしひしと感じた。今後バスや電車を使うのをためらうんじゃないかと心配になって」と振り返る。このやりとりがネットに投稿されるとツイッターなどで拡散され、「感動。まさにプロ」「運転手さん素晴らしい」などの投稿が相次いだ。』

  朝日新聞社

先日見かけた記事で、心がとても温まるニュースでした。

これはみんなにも伝染させたい子育て支援のひとコマだと思い、更衣室に貼っておきました。

実は私が何年か前に研修で山手線を使うことがあり、

3歳くらいの男の子が、お母さんに一所懸命外の景色を見て話しかけている車両に乗り合わせました。

通常、子どもの特徴を知っている者からするとなんとも微笑ましく、当然の姿だと思うのですが、

少し離れた席に座っていた40代の女性が、とても疎ましそうな表情で「静かにさせろよ」と、

つぶやくのを耳にしたのです。

その時に私は気の利いた言葉も出ず、「残念な人だな」と心に残しただけの出来事を思い出しました。

幸いにもその親子の耳には届かないままで済みましたが、

今回の記事のバスの運転手のように、いつでもスマートに親子を支援するエールが送れる気持ちを

持っておきたいものだと、福祉というより、人間を学ばせてもらった気がします。

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平和的解決の場

2015/03/09

 

先日の美術展覧会で見た、マッケンジー・ソープさんの絵に似せて

ピーステーブルに飾りたいと思っていた絵を描き、

飾ってみてね、とお部屋の先生に渡しました。

 

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後日その部屋を見に行くと、あら素敵、癒しの空間に飾ってもらえてました。

階段下の小さなスペースですが、左奥にはマットやクッションが置いてあります。

ちょっとしたカフェの一角みたい。

子どもたちがいない時に、こっそり休憩しに行こうかしら。

 

テーブルの上には「平和的解決の場」という額が置かれています。

その上に小さな文字が書かれていました。

IMG_4232_R

 

「国際連合憲章」!? 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%A3%E5%90%88%E6%86%B2%E7%AB%A0

http://www.unic.or.jp/files/about_un.pdf

まさかの国連教育がなされていました。

確かに、平和・人権・自由の権利と尊重を共同に努力することは、

保育の原点ではあります。

「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって

国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。」

 

まずはこの小さな保育園の共同生活の中から

「平和」「安全」「正義」をもたらせていくことを誓った

一つの場面が見られたことに、感動と驚きがありました。

 

きっと大人への意識付けのために、ある先生が仕掛けたのでしょうね。